仕事を好きになるということ


私は時折、東京へ行く。

インプラントの勉強をしに行くのだ。

インプラントは歯科治療のひとつとして、取り組みだしてずいぶんな時間が経つが、自分の技術を見極めるまではまだまだである。

上には上がいる、と言われているが、その通り。

この分野にも神様のような存在がいる。

その人が講師である。

そのコースは、全国から30名ほどの歯科医師が集まる。

すごい腕の人ばかりで自分もその中で勉強させていただいている。

平日の6時から21時までの3時間の6回コースで、参加費も安くはないので、本当にこのインプラントという分野に精通している人だけが集まる。

メーカーの「インストラクター」と呼ばれる歯科医師が何人も来ている。

ルールはこうだ。

まず、参加者が自分が行ったケースプレゼンテーションを行う。

そして、講師の2名の先生がそのケースについて、どんな考えでそのケースを進めていったか、質問し、解説する。

似たようなケースを講師の先生が短い時間ではあるが、発表していただける。

一度学んだことを技術にするまで時間と反復とエネルギーが必要である。

学会発表などを聴いても「ああー!そうだったんだ!」と納得できてもそれが自分の技術に反映されないと、それは「知っているだけ」で終わる。

臨床家は学者ではない。

知識を使いこなせるまで、鍛錬して腕に魂を込めることができて初めて技術として生きてくる。

それを学べるのがこのコースの特徴なので、人気がある。

自分で言うのもなんだが・・・・このコースに参加したのは3回目であるが、参加するたびに大きく成長してくのがよくわかる。

しかし、まだまだ、私の目指すところは遠い。

そして、このインプラントという分野に大きな魅力と希望をもっている。

 

私は自分の技術に向き合うために、患者さんにお願いして、治療の要所においては口の中、顔貌などの写真を撮影させていただいている。

初診時、基本治療が終了したところ、術前、術中、術後の経過、二次オペ、プロビ、ファイナル、写真はひとつの治療が終了するまで何度も撮影させていただくことが多い。

写真ができて、それをカルテに貼るときが一番自分の臨床力を目にできる。

自分の診断は正しかった。

自分の手技は向上している。

それを実感できる。

もちろん、これは次の世代へも残せる。

インプラントは思いもよらないほど長期間、機能を保つことがある。

その時、どんな手術をしてどんな経過をたどったのか、カルテを読めば一目瞭然である。

そこには写真が貼っているからだ。

後世の歯科医師にも恥じないような治療を残すこと、また、患者さん一人ひとりに真摯に向き合えるようにカルテに写真を貼付しておく癖が付いたのはやはりこのコースに参加できたからと考えている。

私の技術はまだまだ神がかりと呼べる領域ではないが、ここまで没頭できるのは、この仕事が好きだからである。

勤務医の先生もスタッフも家族も私が学ぶことにおいては心から理解してくれている。

患者さんから、「ありがとう」が直に聞くことができたときが一番うれしい。

そしてこの仕事に就いたことを心から良かったと思うし、それを誇りにしている。

もちろん、簡単に来れたわけでもない。

いろんな葛藤があったのは事実だが、やはり仕事は突き詰めていくほど、楽しさは増していく。

このコース。

先日で終了した。

講師の先生お二人が言っていたことが今でも心に響いている。

「みんな、歯大工になったらダメだよ。骨は生きているんだよ。細胞でできてるんだよ。それをよく理解して、インプラント治療をするんだよ」

「介護の現場では除去できなくなったインプラントに困っている。だから、少なくとも私たちは寝たきりになったときに簡単に外すことができるインプラント治療をやりましょう」

「インプラントをただ入れることだけではなくて、その患者が機能をしっかり取り戻すために、時間をかけすぎないこと、そして侵襲も低いほどいいに決まっている。本当に患者のことを考えた歯科医師になろうよ」

 

医療法人 良陽会 鶴田歯科医院

理事長 鶴田博文

 

 

 

 

 

 

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