言わんでもわかるやろう


私の職場では全員が同じ場所で昼食をとる。

医院の中に医局があるのだ。

休憩室にもなればセミナールームにもなる。

ミーティングもできる。そんな部屋がある。

見学においでになった方に言われたことがあるが、「この空間にあと2台はチェア(治療台)を置けますよ」

確かにあと2台の治療台を設置は可能である。

一見、この医局の空間は無駄に映るのであろう。

私は無駄とは思わない。

全然思わない。

みんなが一同会することができる唯一の場であるから。

ちなみにお昼もここで食べる。

みんなが一緒に昼食を摂ることで、いろんなことがよくわかる。

母親から弁当を作ってきてもらう人もいれば自分で作ってくる人もいる。

お昼の時間ほど、みんながホッとする時間はない。

いろんな話をしながら、昼食を摂るのも楽しい。

いただいたお菓子などをみんなで食べるときも、いい時間を共有できる。

新入社員は大抵、お母さんからお弁当を作ってもらうケースが多い。

 

新入社員のお弁当箱の中身は母親の愛情を感じる。

社会に出たばかりの吾が子は、なにかと壁にぶつかるであろう、いや、ぶつからないことなど決してないことは母親はよく知っている。

仕事に精一杯で、毎日が緊張の連続。

精神的にもくたくたになって帰ってくる娘を応援してあげることができるのがお弁当。

親ができるのはこれくらいである。

お昼時のホッとした時に家族の顔を思い浮かべながら食べるお弁当。

こんなに幸せな時はない。

結婚したら、もう作ってくれる人はいない。

今度は自分が作ってあげる番になる。

母親の作ってくれるお弁当を食べることができるのも、新人から、わずか数年間だけである。

新入社員がお弁当を食べ終わって、そのまましまおうとすると私は「いいから、ここでお弁当箱を洗っていきなさい。そして、帰ったら必ずお母さんにありがとう、おいしかった、と言うんだよ」

と、毎年言っている。

すると、新入社員は流しできれいにお弁当箱を洗う。

一日が終わって、きれいなお弁当箱を母親に「ありがとう」と言って渡すことは感謝を表す一番の方法だからだ。

きれいに洗われたお弁当箱は「感謝」を伝えるには一番。

感謝は口にだしたほうがいいに決まっている。

「ありがとう」の反対はなんだかしっているだろうか。

それは「あたりまえ」である。

母親がお弁当を作ってくれるのを「あたりまえ」と思っている人は「ありがとう」ということは言えないだろう。

考えてみたら今の日本の社会は、「あたりまえ」じゃないことが多い。

実は、ありがたいことだらけなのである。

きれいな水が飲めること。

一日3回、食事ができること。

清潔な服を着ることができること。

病気になっても病院へ行ける。

仕事があること。

決まった日にお給料をいただけること。

これだけありがたい毎日であっても、ちょっとおもうようにならないことがあると不平不満に変わることだってあるかもしれない。

だから、いつも感謝を自覚するためにも、感謝の言葉は必ず口に出そう。

「ありがとう」という言葉。

一日に何度言うことができるだろうか。

私も診療中もスタッフが何かをしてくれたら、

よほど指先に集中していないといけない時以外は、

「ありがとう」ということにしている。

電話を受付のコがもってきたら、どんなに忙しくても、「ありがとう」と言う。

器具を持ってきたら、「ありがとう」

一日が終わったら「ありがとう」

ここにいてくれて「ありがとう」

私も「ありがとう」と言われると、とてもうれしい。

「ありがとう」と言われてむかつく人は、頭おかしい。

くだらないことでつい不平を言いたくなったら、この「ありがとう」と口にだすことで、穏やかな気持ちになれる。

言わんでもわかるやろう・・・・そんなことを言う人もいるかもしれないけれど、私は絶対に感謝の気持ちは表したほうが良い関係が築けると思っている。

感謝は思うだけではいけない。

態度や言葉でも、伝えることが最も大事だと私は思っている。

この私のブログを読んでいただいている方にも「ありがとう」という言葉を伝えたい。

 

【文責】

医療法人 良陽会 鶴田歯科医院

理事長 鶴田博文

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